はじめに

講座紹介

講座は2004年11月より、同専攻の食糧化学講座より佐藤隆一郎が教授として転任し、装いを新たにしました。高齢社会を迎えた日本においてこれからますます増加が予想される生活習慣病に着目し、脂質代謝制御という観点から分子細胞生物学的基礎研究を行っています。

活習慣病の原因の一部は食生活にあり、そのことは摂取する食品を賢く選択することにより健康維持が可能なことを物語っています。我々は基礎研究成果の中から、食品機能を活用して生活習慣病予防へと導く、そんな応用研究の方向性を提示することを目指しています。

トゲノムの解読が完了した現在、その遺伝子数は二万数千と予想以上に少ないことがわかってきました。生命進化の頂点に立つヒトは、限られた遺伝子に様々な機能を付加し高次な生命現象を制御しています。その一つ一つを解き明かし、代謝制御機構、生活習慣病の発症機構の全体像を鮮明にして初めて、食品の機能がどこまで、またどの作用点を介して健康に寄与できるかが明らかになります。生体内での生命現象を「生化学」的に解析し、「食品」の持つ機能を活用する可能性を提示する学問が、「食品生化学」ととらえることが出来ます。

「食品」は、高齢社会日本を救うキーワード!!

65歳以上の高齢者の全人口に占める割合を高齢化率と言います。2013年、高齢化率は25%を超え、2050年には35.7%に達すると予想されています。これまでどの国も経験したことのない超高齢社会が到来します。

トは生物である以上、加齢とともに病気がちになることは否めません。2012年の日本の医療費の総額は39兆円を超え、国民一人当たりに換算すると、年間31万円の医療費を使っていることになります。この39兆円の中身を見ると、その半分以上は65歳以上の高齢者の医療費であり、高齢者1人当たりの医療費は71万円と平均値を遙かに上回る数字となっています。このままの勢いで高齢化が進み、かつ先端医療の発展に伴いますますコストのかかる医療が行われることを考えると、医療費の膨大化は避けられそうにもありません。

ころで、健康を損ねた多くの高齢者を抱え、莫大な医療費を負担する社会に活力のみなぎる明るい社会を期待できるでしょうか。同時に、高齢者の介護費用の増加も今後の大きな懸念材料です。つまり21世紀の日本社会において、健康な高齢者(すなわち医療・介護費用のあまりかからない)が構成する健全な社会を築くことは明るい未来社会の発展のために不可欠であるわけです。このような背景から、現在では平均寿命でなく、介護を必要としない自立生活を送れる期間を意味する健康寿命を延伸させることが重要視されています。疾病を発症する前の時期に医療に頼らず、健康維持に寄与するという観点から「食品」の役割に期待が高まっています。食品に秘められた機能を探索し、それを最大限に活用した新たな食品を創製し、食生活を改善していくことが重要です。国民の健康維持に、そして健康寿命の延伸に、「食品」は重要な役割を演じることが期待されています。

研究室の原点 - 「適塾」

末の蘭学者、医師であり教育者としても知られる緒方洪庵が、約20年間、住居かつ私塾「適塾」として用いた旧宅が大阪に保存されています。当時の記録によれば、適塾の入門者は全国から千人にも達していたと言われています。福沢諭吉、大村益次郎などの幕末、明治維新後の著名人とともに漫画家の手塚治虫の祖父もその1人であり、手塚治虫の長編漫画「陽だまりの樹」にも適塾は描かれています。

塾の二階には、当時一冊しかなかった蘭和辞書ヅーフ辞書の置かれたヅーフ部屋と塾生の起居した大広間があります。その中央には1本の細〜い柱があり、これには無数の刀痕が残されています。横文字など見たこともない幕末の青年達が、一冊の辞書を奪い合い、時に、オランダ語の難解さに自己嫌悪しながら刀をあてた痕なのかもしれません。

方現在、研究室の個人個人の机の上にはPCが並び、ボタン操作1つで膨大な情報が必要なときに、瞬時に手に入ります。そんな恵まれた環境の中で、幕末の青年達と同じ旺盛心で学問し、研究に没頭したら、揺るぎない実力を身につけることができるでしょう。一冊の辞書を奪いあいすることはなくても、研究室の先輩、後輩にもまれて切磋琢磨する、そんな研究室のモデルが「適塾」だと思います。